よく知人から質問を受けるのはズバリ!
「電車の運転って難しいの?」
という内容です。子供のあこがれの職業というイメージだけが先行していて操作方法は一般に認知されることがほとんどなく、「電車でGO!」というアーケードゲームできてからようやく知られるようになったレベルですね。それまではベールに包まれていたといっても過言ではないと思います。
なにせ有名な小説でも「電車が急ブレーキを踏む」という表現が出てくるくらいでしたから。
というわけで列車の運転という世界ですが、ここは操作方法ではなくどのような部分に気を遣って運転しているかということを業務に携わる者としてダイジェストで書いていこうと思います。
電車は滑るよどこまでも
鉄道とは当然のことながら線路の上を走ります。何を当たり前のことを・・・と思われるかもしれませんが、これが運転に直接結びつくわけです。すなわり鉄道=一次元なのです。もちろんポイントがあって枝分かれする箇所があります。しかしそれは運転士がハンドルを切って方向を変えるという類のものではありません。
では列車の運転とは何か?ズバリお答えすると。
加速と制動のみ。
こちらは一般的な電車の運転台ですが、
左のハンドルを時計回りに動かすと加速し、右のハンドルを反時計回りに動かすとブレーキがかかります。イロイロな種類のハンドル形式がありますが、基本はこれだけです。
なんだ二つしかないのか。ハンドル切らないだけ楽じゃないかと思ったそこの貴方!そんな単純なものではありません。
こちらは鉄道の一般的な車輪、いわゆる台車というものです。
ここで注目していただきたいのが車輪とレールの接地面です。クルマのタイヤと違って車輪はしなることはありませんので常に真円です。クルマだと接地面はハガキ1枚分ですが鉄道ではなんと髪の毛1本分程度なのです。このわずかな接地面に対し電車だとだいたい13t、機関車だと16t程度の重量がかかることによってようやくレールと車輪に摩擦力(鉄道においては粘着力といいます)がかかり動力・制動力が伝わるのです。
しかしそれでもレールと車輪、双方とも鉄です。当然滑りやすいので急な加速はできないし、急なブレーキはかけられないので空転・滑走しない程度の加速力・制動力にセットされています。よって駅が近づいたからブレーキなんて悠長なことをやっていたらたちまちオーバーランですし、坂道だといって目の前に急坂が来てから加速なんてしていたらとても登りきることはできません。
というわけで先を読む操作が必要になります。これが難しいのですね。
そしてここに乗客・荷物が乗っかるから大変です。
旅客列車には乗客が乗りますし貨物列車には積載物があります。この重量が列車の運転操縦に影響するのは物理法則から至極当然のことです。
車両によっては応荷重装置というものがあり、車両に重量がかかることにより多少の加速力・制動力を補ってくれる装置がついているものの、乗車率・積載量による影響は避けられません。当然「肌で感じた」加速力・制動力を加味した操作をすることになります。
車両自体の性能も肝です。形式によって差があるのは当然のことながら、モーター車が何両つながっているか(MT比といいます)によって全然違いますし、同じ形式で同じ組成でもそこは部品の集合体である鉄道車両ですから個体差が出ることは避けられません。
明らかに性能差があったりしますが機関区や車両区に言わせればそれはないそうです。まあフルノッチでも最高速度が出ない機関車とかありましたけどねー
もっとも加速だけならいいのですが、ブレーキともなるとまさに悲惨。アホみたいに効くクルマと「ナニコレ、マジスカ?!」ってぐらいすっぽ抜けの場合があるので質が悪いです。某大手鉄道会社で運転台に「はちみつ入りブレーキ」という落書きがされていたことがあったと聞くので笑うに笑えません。
貨物列車に至っては荷重の影響が大のためそれこそ日によってブレーキ力が全く違います。これはまた別に書かせていただきますが、大先輩が仰っていた「貨物列車の仕事はブレーキだけだ」という台詞はこれまた真実です。
最新式の電車であっても個体差があるので、やはり運転士の「腕」というものは今もなお必要な世界といえるのではないでしょうか。
覚えるのが大変な線路・信号機
さてお次は線路です。
先ほど少し書きましたが「先を読む技術」で必要不可欠なのが線路なのです。
当然線路は真っすぐではありません。カーブもあれば坂道もあり、トンネルもあれば鉄橋もあり、そして駅もあります。曲線を知らずに突っ込んでいったら当然脱線ですし、勾配を知らずにそのまま駆け抜けたらあっという間に速度超過、駅の場所がわからなかったら当然いきなりホームが現れてそのままオーバーランです。
よって駅名はもちろんのこと、どこに曲線があるか、その制限速度はいくつか、勾配はどこか、など担当する線区の線形をすべて覚えておく必要があります。
更に重要なのが信号機です。
信号機は赤は停止で青は進行、他にも種類はいろいろ複数ありますが基本的に赤で止まれ・青で進めなのでここでは割愛します。これを守るのは当然として、鉄道の信号機にはもうひとつの役割があります。それは「進路」です。
駅には一般的に複数のホームがありそれぞれに「〇番線」と番号が振られていて、それぞれポイントで振り分けられます。この番線ごとに進路が割り振られていてそれぞれに信号機があります。
この写真にある信号機の場合、真ん中の進行が出ているのが3番線、左側が4番線、右側がホームのない2番線となります。もし間違って旅客列車が2番線に入ったら乗降できませんので大変なことになります。この程度ならまだましで、ターミナルの駅とかになるとホームの数も多く当然ながら信号機はもっと複雑になります。
もしウッカリ違うホームに入ってしまうと、別の線に行ってしまったり最悪行き止まりだったりするので、当然のことながら正常な運行はできません。信号機の操作は指令所のコンピュータ制御によることが多いですが、それでも誤入力・誤操作の可能性もありますし、よしんば指令所の誤りであったとしてもそれを発見できなかったら運転士の責任になりますので信号の進路確認はかなり重要になります。
よって担当線区に設置してある信号機についても総て覚える必要があります。覚えなきゃ確認しようがありませんからね。
それと入る番線によって制限速度が違うことがあります。
この写真の場合、直線だと制限速度はありませんが右に振る進路の場合は制限60km/hになります。よって〇番線に入るときは制限60、のように覚えておかなくてはなりません。この写真の例では標識があるのでまだ良いほうですが、線区・支社・会社によっては分岐制限に対する標識が存在しない場合があります。
これが民鉄になると逆に標識だらけになるのだからよくわからない世界です。
ちなみに大手鉄道会社に所属しているときは担当線区が延べ420km、当然のことながら諸々総て記憶していました。自慢ではなく覚えなければ仕事にならないのです。
ダイヤが命、日本の鉄道
皆様ご存知の通り、日本の鉄道は世界有数の正確な運行で知られています。バスは遅れても鉄道は遅れないというイメージが強いのではないでしょうか?
まあバスはバスで大変らしいのですが、それはまた別の機会に。
というわけで日本の鉄道のダイヤの緻密さは類を見ないものであると携わる自分でも疑う余地はありませんが、これに強く関与しているのが列車のダイヤです。
ダイヤを語り始めるととんでもないことになるのでここではかいつまんでお話します。
最も重要なものが駅間で何分かかるかという「運転時分」の計算ですがこれには運転曲線というものを使います。これは車両性能・曲線・勾配を基にこのようなグラフで計算していきます。
決してストップウォッチや経験上で決めているわけではないのです。その運転時分を組み合わせてできるダイヤがこちら。
縦は駅間距離、横は時間の2次関数です。これはまだ近郊区間なので素人でも読めますが大都市圏内ともなると最早意味不明です。
これを運転士用に掘り起こしたのがこちら。
使用した画像、線区がぜんぶバラバラなのは勘弁してください。。。
というわけでこちらが運転士が指差確認している運転時刻表です。このようなカタチで駅の番線も書き込まれています。サイズはイロイロありますがだいたいどこの会社もこのような書式になっていると思います。
とりあえず列車を転がすだけなら制限を下回る速度でゆっくり走れば何とでもなるのですが、このように設定されたダイヤを基に走らなければいけないから大変なのです。これには先ほど書いた車両の状態、乗車率、線路・信号機を熟知している必要があります。でなければとてもじゃないですがダイヤを守ることなんかできません。
福知山線脱線事故以来ダイヤに余裕をつくる会社が増えたとはいえ、それでもそんなに適当に走って間に合うダイヤは世の中に存在しません。運転状況の熟知こそ定時運転の絶対要件なのです。
運転とは記憶力と判断力
このように鉄道の運転士は車両状態・線路・ダイヤを常に把握してベストな運転ができるように日々頑張っているのです。ひたすら記憶力と判断力の世界だと思います。
でもこれがやってみたら案外できるようになるのですから訓練というものは凄いと思いますね。
日々通勤通学で利用されている列車もこのような視点から見ていただければと思います。
今回は大変ざっくりとした内容でしたが、他にも天候とか、乗客のイロイロ、車両のクセなどイロイロな視点があるのでまた追々解説できればいいなと思っております。
では皆様、明日もご安全に!
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